中村哲さんの活動は「憲法9条」の実践そのものだった! 12月10日号

中村哲さんの活動は「憲法9条」の実践そのものだった!

 アフガニスタンで復興支援を行っていた中村哲さん(73)が、12月4日、何者かに襲撃されて死亡した。
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(用水路建設でユンボを運転しているのは中村哲さん)

 中村さんは1973年に九州大学医学部を卒業、国内の病院に勤務したのち、1984年パキスタンのペシャワールに赴任(ふにん)した。そこで20年以上にわたってハンセン病を中心とする医療活動に従事した。パキスタン・アフガニスタン地域で長く活動してきたが、パキスタン国内では政府の圧力で活動が困難になったとして、以後はアフガニスタンに活動の拠点を移した。

 1983年、中村さんたちの活動を支えるために「ペシャワール会」という組織が立ち上げられた。現在は現地の職員は約300人、財政は12000人の会員の会費のみでまかなわれている。(一般会員年額3千円、学生会員年額1千円、維持会員年額1万円。)

 ペシャワール会は、当初はハンセン病に取り組んでいたが2000年の大干ばつで赤痢患者が急増したことをきっかけに、清潔な飲料水の確保にも取り組むようになった。自給自足が可能な農村の回復を目指し、農業事業にも取り組んできた。

 2001年、アフガニスタンは数百年に一度という大干ばつに見舞われていた。飲料水すらない状態だった。そこへアメリカは、救援の手を差しのべるのではなく、飢餓に飢える人々の上に爆弾の雨を降らせた。

 中村さん自身、用水路を作る作業中に、米軍のヘリ5機による機銃掃射を受けた。
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 アフガン国内避難民への緊急食糧支援を行った。日本の人々から募金が寄せられ、2002年2月までに15万人の難民に配給を行った。

 パキスタン北西辺境州(現パクトゥンクワ州)の飲料水および農業用水の問題を改善するために、地元に伝わる昔ながらの工法を用いた井戸の設置やカナート(乾燥地帯では古代から地下に用水路を作って灌漑していた。)の復旧工事を進めてきた。また、アフガニスタンでは2003年から「灌漑(かんがい)用水確保15ヵ年計画」として、全長27kmの大規模な用水路建設を開始した。2007年3月15日に第一期13kmが完成した。2010年に完成した全長25.5 kmのこの用水路の稼働により、約3,000 haの荒廃地が農地に変貌し、60万人の生活基盤ができた。
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(完成した用水路、両岸には柳の木が植えられている)

 中村さん自身は敬虔なクリスチャンだが、現地の人々の文化や生活習慣を非常に尊重した。イスラム教の巨大なモスク(800人収容)を作り、そこでイスラム教のほか子供たちに算数や国語などいろいろな勉強を教えられるようにした。


憲法9条は私たちの活動の支え

 中村さんは生前アフガニスタンでの活動について次のように述べたことがある。

 「向こうに行って、9条がバックボーンとして僕らの活動を支えていてくれる、これが我々を守ってきてくれたんだな、という実感がありますよ。体で感じた想いですよ。武器など絶対に使用しないで、平和を具現化する。それが具体的な形として存在しているのが日本という国の平和憲法、9条ですよ。それを、現地の人たちも分かってくれているんです。だから、政府側も反政府側も、タリバンだって我々には手を出さない。むしろ、守ってくれているんです。9条があるから、海外ではこれまで絶対に銃を撃たなかった日本。それが、ほんとうの日本の強味なんですよ。」
 
 ペシャワール会のホームページを開くと、最初に次のような言葉が目に入る。
 「誰もが押し寄せる所なら誰かが行く。誰も行かない所でこそ、我々は必要とされる」
 
 この言葉には「命がけ」という決意が織り込まれている。

 2008年にはアフガニスタン東部で中村さんと共に活動していたペシャワール会スタッフの伊藤和也さん(31)が武装グループに拉致され、その後遺体で発見された。そうした事件のあとも現地で活動を続ける中村さんはじめスタッフの面々には本当に頭が下がる思いだ。

 日本国憲法9条を実践するということはどういうことなのか?それを中村さんはじめペシャワール会の方々は教えてくれていると思う。日本国憲法前文には次のようにある。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 中村さんとペシャワール会の人達は、平和憲法を最前線で命がけで実践してきたのだと思う。
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(中村さんの遺体はガ二大統領にかつがれてアフガニスタンを出国した。)

 中村さんの遺体は、アフガニスタンを出国するとき、アフガニスタンのガ二大統領にかつがれた。かつて日本人でその遺体を彼の国の大統領にかつがれた人がいただろうか?

 彼の死が世界に伝わって、多くの方面から中村医師への追悼と襲撃犯へ怒りのメッセージが発せられている。国連機関や職員、各国大使、メディア、ジャーナリスト、多くの人々から言葉が寄せられている。

 上皇陛下も中村氏の生前、皇居に何度か招待されて、アフガニスタンでの活動の様子を聞くなど15年以上にわたる親交があったそうで、宮内庁を通じて遺族に弔意を伝えられたという。

 一方、憲法9条の改悪をとなえる安倍首相は、中村哲氏の死について、記者のぶら下がり取材に一言だけ答えて逃げるように立ち去った。
公式のメッセージは何一つ発していない。なんという情けない首相、何というボンクラな政権だろう。

 安倍首相はなんぼアメリカの奴隷であるとしても、また憲法9条を改悪しようとしているとしても、現在日本の首相である以上、憲法擁護義務というものがある。日本国憲法9条に命を捧げた中村哲氏の死に対して、少なくとも公式のメッセージは出せないのか?葬儀は国民葬にするべきである。安倍ができなくても次の政権がやるべきである。(いんば)

(中村氏のアフガンでの活動については、かつてNHKのEテレで「武器ではなく命の水を 医師中村哲とアフガン」(検索)という番組で紹介しています。ネットで見ることができます。)

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