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<<   作成日時 : 2010/03/11 17:30   >>

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 平松・大阪市の攻撃に抗し釜ヶ崎の新しい団結が始まった!
オール釜ヶ崎が『みんなの釜ヶ崎に手を出すな!』
歴史的な集会が実現!その3のA
 
 
実は東京吉田さんのアピールの頃に、先を読めるマアコさんが
「南さん。デモ出発は、3時やろ。時間余るで。アピールしてもらう人を探して壇上に上がってもらおう」と言ってきた。そうか3時ピッタリに出発しなければいけないのか。無届デモばかりしていた南は気づきませんでした。ということで、会場を走り回り、アピールしてくれる人を探して、アピールを頼んだ。ここからは、あてられてすぐ立派なアピールが出来る人たちのアピールです。
 
 南は、少しあわててアピールをしてくれる人を探した。釜の大御所ばかりに集会参加を呼びかけていたクセが出て、ドキュメンタリー映画界の大監督布川さんに「アピールしてくれますか?」と頼んでしまった。布川さんはそのあわてを修正してくれ、中崎町ドキュメンタリースペースの佐藤レオ監督を壇上にあげてくれた。そうだレオ君だ。いっしょに道の真ん中を歩いて大阪市に申し入れ書を持っていったじゃないか。住民票闘争の先遣隊の副隊長だった人じゃないか。
佐藤レオ監督のアピール 
 
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「中崎町ドキュメンタリースペースの佐藤レオです。ドキュメントを撮っています。どんなドキュメントかというと大阪市による2007年長居公園の行政代執行のとき、おっちゃんと若者が芝居をして撤去反対の意思を示しました。それを記録したドキュメントです。また同時期に起こった大阪市による住民票強制消除の闘いにも参加して撮りました。この三月から西成太子に事務所を構え、大阪市が釜ヶ崎にかけてきた攻撃に対するおっちゃん達の闘いを、自分も闘いに参加しながら労働者のドキュメントとして撮っていきます。釜のおっちゃん達は役者が多い。いい顔している。そんなおっちゃん達といっしょになってやっていきたい。」そうだいっしょになってやっていく。佐藤監督のすばらしいところはいっしょになってやっていくところだ。長居公園の強制撤去も住民票闘争もいっしょになりすぎるくらいやっていた。住民票闘争で大阪市がドヤでの住民票を認めたとき、「ドヤ代貸せ!貸せ!市更相!」と大阪市立更生相談所にドヤ代を貸せと座り込んだ日があった。大阪市の健康福祉局のえらいさんが来て、ドヤ代を貸してくれという労働者にちゃんと対応するということで、南は9時頃座り込みをやめたがずっと横に座っていて「南さん。もっとハッキリした回答をもらうために徹夜した方が良かったんじゃないですか」と言ってきた。粘り強い、正しければ絶対勝つと信じている楽観的なすばらしい活動家だ。釜ヶ崎に拠点を持ち、日雇いで働きながら釜の労働者のドキュメントを撮ろうとしている。釜ヶ崎は大歓迎だ。
 次は釜ヶ崎パトロールの会金ちゃんのアピール。黒旗を掲げて参加した
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「今回の朝日新聞の記事を見て、図書館に行って調べました。22年度の大阪市の都市計画では、釜ヶ崎だけではなく萩之茶屋・天下茶屋・山王を商業地域にするとなっています。一つは駐車場、もう一つは商業地。そこで気にかかるのはこの釜ヶ崎を市民に開かれた場所にしていくというということです。この釜ヶ崎に大きなスーパーが建てばドヤも危ない。天王寺のような大きな店ができたらその前にある釜ヶ崎労働者が泊まっているドヤもジャマだといってくる可能性は大きい。釜ヶ崎の消滅につながる。釜ヶ崎パトロールの会も今回の大阪市の攻撃に断固反対していく!」釜ヶ崎から扇町に拠点を移し、梅田、天満界隈をパトロールする会を作った金ちゃんが釜ヶ崎のために図書館に行って一生懸命調べてくれた姿を想像するとうれしい。金ちゃんが鳴らしてくれた警笛を釜の労働者はちゃんと受け止めて闘います。いっしょにがんばろう!
次は舞台のアピールを聞こうと袖でたっていた住民票裁判の原告の宮副さん
 宮副さんが掛け声に親指を立てて「よっしゃ!」と答えてからアピール。宮副さんは、住民票原告激励集会でアピールしようと準備していたにもかかわらず、直前にふるさとのお母さんが亡くなり、集会に参加できなかった。今日釜の仲間の前で初めてアピールする。横には、集会で出来た支援する会(ペンギン?)で行動する買い働き人のメンバーの田島さんがついている。
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「ここはみんなの街やろ。オレの街。みんなの街や。警察がなんかいうたって国が何かいうたって。大阪市が何いうたって、従うか!誰がなんと言うたって守るんや!それ釜やんけ!釜ヶ崎の歴史があって今の俺達がいる。みんな仲間やかんね。」真っ直ぐな性格の宮副さんらしいアピールだ。田島さんが次の裁判の宣伝。どんな裁判かという事になって南が説明した。
 
 次は、キリスト教教友会の代表として旅路の里の小柳さん
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 「さっきから子どもの里の子供達が何を言っているかさっぱりわからんというので子供達にもわかるように言います。こんな楽しく子供も大人も住民も楽しく集会できるのは、日本中を探しても釜ヶ崎の三角公園だけです。この釜ヶ崎を大阪市の好きなようにきれいにさせてたまるかということです。私達はこの集会の雰囲気を残してここでまた元気祭をします。大阪市は屋台を撤去してきれいになったと言うが、本当にきれいになったかどうか。萩之茶屋小学校が鉄板で囲われている姿を見てみなさい。昔花園公園のテントを撤去した時も大阪市は公園を鉄板で囲いました。私達は町や公園が鉄板で囲われるのに反対して人間の暖かさがある街釜ヶ崎を残していきましょう!」すばらしい。この集会の意味をこんなに簡単な言葉でたたえ、大阪市の攻撃を子供達にもわかるように鋭く批判する、ある時は、釜ヶ崎労働者のそばに、あるときは釜の子供達の力にそしてあるときは釜の真実の姿を外に語ってくれる。小柳さんは「先生」といわれるのが大嫌いでだが、そんな本当のインテリ(又怒られるかもしれませんが)が釜ヶ崎についていていてくれるから、釜ヶ崎は強いんです。本当にありがとうございます。 

続いてやっと出ました笹島日雇労働組合の大西さん

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「どこ行ってたんや!」と野次がとぶ。大西さんは言わないが名古屋にいて不義理をした釜の労働者とコーヒーを飲みに行ってくれた。その労働者をある意味許してくれた。その労働者自身が「この集会で名古屋に対するわだかまりがなくなってのびのび活動できる」と言っていた。大西さんはそして名古屋は器が大きい。しかしその事をわざととぼけて報告する。
「さっきはいなくてすみません。ふるい友人がコーヒーに誘ったので行ってました。そして窃盗を犯してしまいました。この三角公園に問題の朝日新聞の記事がはりうけてあったので、その記事をまだ見ていなかったので盗みました。この記事を盗めるのは、この記事がテントにはってあった。つまり公園にコミュニティがあるからです。公園は労働者がいっしょに住んでいくところでありコミュニティであることを示しています。名古屋では、昨年1月13日派遣切りにあった三河東海地区の労働者100名が生活保護の集団申請をするため中村区福祉事務所に泊まりこみ闘争をしまし、要求を勝ち取りました。また刑務所のようなピンハネ・ぼったくり・暴力の囲い屋、貧困ビジネスが名古屋にも横行しています。その囲い屋との闘いも先頭でやっています。釜ヶ崎のコミュニティを守る闘い、そしてピンハネ・暴力・ぼったくりの囲い屋との闘いを全国の仲間内の団結で闘いぬこう!」会場から大きな拍手、誰よりもいつも「大西!」と笹日労のえらいさんの大西さんを呼び捨てにしている名古屋の仲間が一番嬉しそうに拍手をしている。

続いて人民新聞の一之瀬君。 
 何度も南は書いているが、住民票闘争のとき毎日ビラを書き続けた男。南はそれを毎日センターでまいた。毎日の出来音を報告し、次の行動の呼びかけをする文章が書ける釜にとって貴重な人材だ。「働き人のいいぶん」の割付や文章、ブログの編集などをやってくれている編集委員でもある。
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「僕も日雇いで釜ヶ崎から仕事に行ったことがあります。その時とろとろしていたら労働者のおっちゃんが『なんやこんなことも出来ないのか。』と言って親切に色々教えてくれた。日本全国さがしてもこんなとこないですよ。大阪市内歩いていても見知らぬ人と話せますか?釜ヶ崎くらいですよ。初めての人と話しができる、そんな暖かい街は、第二のふるさと釜ヶ崎と言いますが、この第二の故郷を守らなあかんと思います。」お願いします。一之瀬君にとっても第二の故郷の釜ヶ崎。釜ヶ崎のために書いてな。書きまくってな!

次は俺も言わせろ。という池田さん。釜の集会らしくなってきた。
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  「橋下はバカか関西の金持ちの機嫌ばかり取って。WTCに莫大な金かけて!
ほんまにバカや!それに鳩山と小沢!こいつらもバカや!何で沖縄にお金かけて新しい基地をつくるんや!東京の厚木や横田にもって行ったらいいやろ!沖縄ばかりに押し付けたらあかんやろ!ホントにバカや!小沢と鳩山、橋下はバカや!」そのとおり!平松の後ろには橋下と関西財界がいます。
 

  ここで指名したのにどこかに行っていたのかわからなかった日本人民員会のインバがやっと登場!  
 3月13日の「いらんわ!米軍基地」集会には釜のたくさんの団体に賛同をいただいた。お礼も言うべきと「普天間基地は廃止」となめ憲で使っているパネルを横に立ててやった。しかしインバはそのことより自分の35年の釜ヶ崎労働者としての立場から話し出した。
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「30年位前に釜ヶ崎に来てセンターから塩とに行っています。釜ヶ崎は今仕事が全然ありません。日当もバブルがはじけててからは減る一方です。しょうがないので白手帳を埋める為に、特掃に行ったりこの間は、小豆島の判場に行ってゴミ焼却場の築炉の仕事をしてきました。この仕事がない中で今回の問題が起きました。釜ヶ崎に色々な問題があるからと治安のため警察権力を投入するということです。しかし問題なのは、釜浅き労働者ではありません。覚せい剤を扱うやくざや暴力手配師です。そしてそれを取り締まらない西成署です。本当に釜ヶ崎をよくするのは、その西成署と闘える俺ら労働者の権利を拡大することです。俺たちはもうがまんならないと声をあげ、俺達の釜ヶ崎は俺達で治めるという労働者の自治を拡大していこう!」「米軍基地の問題も同じです。日本には米軍基地なんか要らない。日本は日本人が治める。ということです。米軍は日本から出て行けと叫んでいる全国の人々と連帯してこの西成でも集会を持ちます。3月13日午後1時から西成区民センターで行ないます。参加してください」インバは鉄筋屋だ。もう30年熟練の域に達している。それなのに仕事がない。そんな現役の労働者の発言だ。働ける能力があり働く気があるのに仕事がない釜の労働者、西成署と非和解的に闘う釜の労働者そして仲間の助け合いという自治がある釜ヶ崎労働者の心の叫びを代表した。
 
 
 次に力強いアピールをしたのは全港湾建設支部西成分会の大木さんだ三角公園の入口にいたのを南がお願いして引っ張ってきた。  
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 「本当は泊委員長が来なければいけないのに急用で私が発言します。今回の一連の大阪市のやり方は、無謀というほかありません!釜ヶ崎の労働者は、公共事業に汗をかいて大阪を作ってきました。がんばってきました。その西成を橋下といっしょになってこの5年で一掃しようというのが今回の問題です。我々は何のために汗を流したのか!?公園を絶対渡していけません。1人が10人になり10人が100人になり手を握ってがんばりましょう!!オー!」とこぶしを高く突き上げた!元気で爽やかな西成分会らしいアピールだ。毎朝5時にセンターで机出しをし、70歳をこえても生活保護はもらわず、恵比須町の駅でアオカンしている。大阪市との交渉はでは毎回一番前に座っている。こんな先輩の真面目で過激な労働者が西成分会にはいっぱいいる。これで釜ヶ崎の組合は全部アピールした事になる。やった!!

 まだまだ時間はある。マルちゃんに登場してもらおう。 
「皆さんの住む場所であり、いこいの場所であり、私にとっても一番の憩いの場所である釜ヶ崎の三角公園を何で大阪市に渡さないといけないんですか!こんなあほなことありますか?みんなが炊き出しを食べ、それぞれがいこうところ、おじさんが寝るところなんで撤去しなけりゃならないの」「おじさんが何か悪いことをしましたか?何も悪いことはしていません。大阪市の言いなりにはなりません。大阪市に三角公園には手を出させません。がんばりましょう」労働者から大きな拍手と声援が飛ぶ。小柳さんくらいわかりやす的を射る発言だ。さすが三角公園、釜ヶ崎命のマルちゃんだ。
 
最後のなめるな国民を!守ろう憲法!憲法を守る意思表示の会南の番になった。 
 
 憲法から釜ヶ崎のことを語ろうとしたがやめた。南は南の立場から釜の労働者に一番言いたいことを言おう。
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「初めに朝日に記事が載って、私達は、こんなことをしたら釜ヶ崎が暴れるでということを示さなあかんと思い、3日後のセンターと三角公園で平松の人形を投げ「平松が勝つか!釜ヶ崎労働者が勝つか!二つに一つ!」と大阪市に宣戦布告しました。その時は5人くらいでした。それが1ケ月の間にこんなに大勢の人に集ってもらえるようになりました。本当にありがとうございます。
私は、活動家(この言葉はあまり好きではないがこの言葉しか浮かばなかったので)なので活動家として言います。釜ヶ崎は活動家にとっても嬉しい街です。私は少し心の病気をしていました。その時パクラれているKさんと住民票闘争の火を消すまいとやっていましたが、昨年の衆議院選挙の投票場のおしかけ行動のとき前日にKさんはパクられてしまいました。選挙のおしかけの時、西成署は1人になったと思い込んでマイクを必死で握っていた私目がけて襲い掛かってきました。その時、多くの労働者が押しかけの隊列に入り西成署と住民票を奪った大阪市に断固抗議してくれました。その時権力と向き合い、周りの仲間が見えるようになって完全復活することが出来ました。本当にありがとうございました。」
 
 もうお礼は言った。ここから急にわざとえらそうに言う。 
 
 「今回の問題やけど、交渉だけでは勝たれへんよ!釜ヶ崎の歴史を見てみいな!人間扱いされなかったことに怒ってやった暴動でセンターが出来たんちゃうん?港湾の労働者がケツまくって白手帳できたんちゃうん!72年位には釜共さんが自分らの力で暴力手配師を追放したんやろ!私が釜に来た時には、稲垣さんと山田さんがいっしょにガンバとった。反失連も実力で特掃を拡大したんやろ!そやのになんや!最近は、白手帳の一時金取られ、3年前は住民票取られた。そして今回は釜ヶ崎を消す言うてんねんで!あんたら黙っとくんか!?稲垣が悪いから山田がダメだからと言い訳を言っている場合じゃないで!私はやります。ガチガチ強い仲間の会を作って闘います。いっしょに闘おう。活動家がダメならそれを踏み越えていけよ!そして釜ヶ崎として立派に闘って若い派遣の労働者、今若い労働者は、仕事がなくなったら家もないねんで。東京なんか地下鉄の通路に寝てる。その若い労働者に私達の闘いを引き継ぎたいと思います。いいですか?」拍手はあるがまだ小さい

もっとアジったる!怒らしたる!  
  「みんな私のこと恐いってなんや。それが釜ヶ崎労働者か!私なんか更年期過ぎたおばちゃんやで!」そこで「賞味期限過ぎとる」の声。舞台の真下に西さんだ。「うるさい。お前なんかに負けるか!」と返して「大阪市は完全に釜をなめとる。三角公園とセンターに手を出すんやで!ここまでなめられて黙ってたら男じゃない!女じゃない!オカマでもないわ!」と叫んだ。釜の労働者は本当にすごい闘う力がある。それは階級の力だ。まだそれに火はついていない。早く点火しろという思いだった。申しいれの回答がまだなのでゆとみど局長への電話攻撃も呼びかけた。そしてクソたれ平松の唄を歌った。 
 まだ時間ある。次は釜ヶ崎の大切さを言おう。 
  「正月に子どもが受験やから天満の天神さんにお守りを買いに行っ点。7時で天神さんは閉まってたんやけど、ふっとみたらダンボールしいて寝ている労働者を天満署の寺川というデブのポリ公が服を持って持ち上げて地面にたたきつけるようにして起こしとった。びっくりして「お前なんじゃ」と抗議して大騒ぎしたった。救急車もきた初詣の客も参加して、1時間くらい騒いだ。結局労働者は暖かい場所にいけた。その時釜ヶ崎は楽しく越冬祭や。同じ大阪市の中でも、少し離れたところでこんなことになってる。釜ヶ崎がなくなって一人ひとりがばらばらになったら。弱い。死んでしまう。だから釜ヶ崎を気にかけてくれる全国の人の力も借りて、みんなの釜ヶ崎に手を出させたらあかん。平松なんかこうやから!と言って腰に挿していたおもちゃの刀で、藤棚にしばり首になっていた平松の人形に切りつけた。みんな大喜びだ。 
 そして集会決議仙石さんが心をこめて読んだ。この案は釜ヶ崎医療連絡会議の松尾さんが書いた。 

釜のみんなで決意できるように、直前の釜日労さんからの意見も調整して書いてくれた。壇上には上がらないが、いつも一番ややこしい文章を引き受け、すばらしく書いてくれる。          
       
  みんなの釜ヶ崎に手を出すな!緊急抗議集会
         集 会 決 議

 釜ヶ崎日雇労働者は、土木・建設業者によって、仕事のない時期にはいつでも切り捨てられる便利な労働力として利用されてきました。仕事がない時期、仕事につけないため、ドヤ代を払うことができなくなった労働者たちは、公園や路上にダンボールを敷き、ブルーシートで雨風をしのぎ、安全に眠れる場所を確保せざるをえませんでした。食事代がなくなった者は、炊き出しの長い列に並びました。

 三角公園では、身寄りもなく亡くなった仲間たちの慰霊祭が行われます。夏には故郷に帰れないひとたちのために夏祭りが催され盆踊りを楽しみ、冬には越冬闘争で焚き火を囲んで寒さをしのぎ、餅つきをして新年を迎えました。

 釜ヶ崎の公園で、路上で、センターで、仲間たちはたむろし、飲み食いし、語り合い、生きる力をつむいできました。今や不安定雇用は社会全体に蔓延し、失業し住居を失う者たちは絶え間なく産み出され、釜ヶ崎にやってきます。釜ヶ崎には、貧窮にうちひしがれた人たちに声をかけ、手をさしのべ、生きる力を与えてくれる仲間がいます。生活保護を受けて、釜ヶ崎を去った仲間たちも、ふれあいを求めて釜ヶ崎に来ます。定期を買って通ってくる仲間たちもいます。

 釜ヶ崎は、みんなの第二のふるさとです。釜ヶ崎住民である釜ヶ崎労働者の意見を全く聞かず、何の相談もなく、警察OBを巡回させ 、公園で野宿する仲間たちを虐めることを許すことはできません。みんなの釜ヶ崎をわれわれは守り抜こうと決意しました。

1.釜ヶ崎の公園・路上からの、国際人権規約に反した強制立退きに反対する。

2.公園内で寝泊りさせないためだけに警察OBによる巡回パトロールやその詰め所は要らない。

3.警察OBの巡回パトロールや詰め所に使う予算があるなら、その予算を使って釜ヶ崎労働者に仕事を出すことを求める。

4.道路の通行や公園の利用を妨げる鉄壁やフェンスは要らない。

5.2月16日、われわれは大阪市に対し申入書を提出し、22日までに文書回答と、25日までに話し合いの場を設定することを求めたが、大阪市は今日に至るまで何の回答もしていない。大阪市が早急に回答し、われわれと話し合うことを重ねて求める。

以上、決議する。
2010年2月27日
みんなの釜ヶ崎に手を出すな!緊急抗議集会参加者一同

決議を拍手で採択!!さあデモや!デモ!リヤカーを出そうぜ!   
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▲さあ、これから難波までデモに出発!


 
報告 なめ憲・行動する会働き人 南美穂子 
  

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